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自分が変わっていかないと会う人も変わらない

お正月は田舎に帰省してのんび~りして参りました。
10日間PC環境から離れひたすら読書と寝正月。

book 動物愛護運動家の記録といいましょうか、
捨て猫・捨て犬、虐待、そして年間80万匹にもおよぶ
行政による殺処分。これ以上不幸な小さな命を増やさない
ための方法を考える小さな命を私は救いたいという本を
夢中になって読んでいました。

なんだか、自分が余生にやっておきたいことのヒントが沢山
詰まっている気がしてなりませんでした。
赤い糸のような本に出会えて嬉しかったです。

自分が変わっていかないと会う人も会える動物たちも変わらない。
そんな感想を持ちました。

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ペット」カテゴリの記事

コメント

明けましておめでとうございます。

「余生」という言葉に、ぴよぴよさんの決意が伝わってきました。

私も興味があったので、即座にAmazonで注文しました。

ペットや動物のことを知れば知るほど、つい最近までの
自分の無知、無理解、無関心が恐ろしくなります。
そんなわけで、今年は「可愛い」ばかりじゃなく、
もっと勉強しなければ、と思っている次第です…。

投稿: るり太郎 | 2009年1月 6日 (火) 22時52分

るり太郎さん、あの本を注文してくださったのですね!嬉しいです~。
余生、、、G君には「ぴよぴよは一体幾つだ」と指摘されちゃいました。
おばあちゃんになってから使うのが普通なのでしょうって・・・

それはさておき、その言葉で思い出したことがあるのでお伝えさせて下さい。

某中学生の短歌
「人間は 死ぬまで生きる ただそれだけだ」

これは10年以上も前のことですが未だ衝撃的で覚えています。
(新聞の短歌欄に掲載されてました)
おそらく、お歳を召した方の作品なら人生の重みを裏に感じなきゃいけないのかなー?と思うのでしょうが
”中学生”という先入観からなのか淡々とした乾いた言葉にしか受け取れず・・・
自分はそんな風に思いたくないと、時折その言葉がテロとか不幸なニュースを耳にする度なぜか思い出してしまったりします。
最近は「人間を」というところを「産業動物は」と置き換えて考えている自分がいます。

そういえばるり太郎さん、
「週間ニュース新書」でのまーご君見れましたか?

投稿: ぴよぴよ | 2009年1月 7日 (水) 22時54分

「週間ニュース新書」のまーご君、見ましたよ~。
変わった柄の猫ですね~。
動きも穏やかで、癒されます。

>「人間は 死ぬまで生きる ただそれだけだ」

中学生に書かれると悲しくなってしまいますね。

でもこれ、何も言っていないと思うんですよね。
思考のスタートラインだと考えて続きを付けると、
意味が全然変わってくるというか。

「だからもっと気楽に生きてみよう!」
かもしれないし。
「だから残りの余生を猫のために生きよう!」
かもしれない(^^;

人間も動物も、結果が「ただそれだけ」になってしまったとしたら、
悲し過ぎますもんね。

投稿: るり太郎 | 2009年1月 8日 (木) 22時54分

どうもです。
>「人間は 死ぬまで生きる ただそれだけだ」
の件

中学生って結構こういうことを考える時期だったりしますね。
私の受け取り方は、生きる決意というか、あれこれ悩んだ段階からもう一歩悟った(?)ステージに行ったのかなぁと感じました。

ただそれだけ、ってのは本当にそれだけなんじゃなくて、仕事だったり生活だったり趣味だったり恋愛だったり、すべての人が一生懸命になることを敢えて「ただ」と言い表すことで、生きていることの大切さに比べればなんでもない、と、生きることの尊さを訴えているのではないかと。

・・・といいつつ、きっとこの俳句の評論を評論した人や私たちの思いとは裏腹に、本当になんとなく書いた俳句だったりするのかも知れません。

さて、私たちは「ただ」生きて、何を為しましょう。何が為せるでしょう。
死ぬまで、死に物狂いに。

投稿: はりねずみ | 2009年1月 9日 (金) 01時44分

参加しちゃお。

>「人間は 死ぬまで生きる ただそれだけだ」
わたしもはりねずみさんと同じような印象を受けました。「ただ」の部分にむしろ力強さみたいなものを感じました。ものすごくタイトな言葉だなぁって。

ちょっと前に教育TVだったかで夜中に山折哲雄(宗教学者)のロングインタビュー番組をやってたんですが、長かったので全部見たわけではないのですがその中で「共生・共死」という言葉が印象に残りました。
どう死ぬかっていうのはどう生きるかと同じ事、逆もまた然り。

死に際に立ってなお、「死にたくない」とジタバタしたいもんですね。仏陀のように(笑

投稿: feno | 2009年1月10日 (土) 04時19分

苦しい→開き直ろう
みたいな気持ちが裏にあるんだと思います。
私もそうですが、ネガティブな人間が正気を保つための思考パターンは、大体こんな感じになると思います。
仏教などはその集大成で。

投稿: るり太郎 | 2009年1月10日 (土) 14時52分

たくさんの聡明なお考えに深く感動してます。

10年以上も前、すなわち中学生の時に感じた時の「ただそれだけ」という取り立てるほどのことのないさまと言っているような気がしていた頃の当時の幼かった感想のまま止まっていた自分がいたのだと察知出来ました。なんだか浄化された気持ちです。

どう死ぬかってことはどう生きるかと同じ事、

そうゆうふうに考えますと活力が沸いてきます。

投稿: ぴよぴよ | 2009年1月10日 (土) 18時19分

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